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岐阜地方裁判所 昭和52年(行ウ)2号 判決 1977年11月30日

原告 正覚寺

被告 岐阜地方法務局登記官

訴訟代理人 山口三夫 野村侑司

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が、原告申請にかかる昭和五一年一一月二二日受付第三八六七七号所有権登記名義人表示変更登記申請事件につき、同年一二月二三日付でなした申請却下決定を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  訴外権利能力なき団体の「淳心会」は従前その代表者を訴外深川清と定めており、同会の資産である岐阜市神室町二丁目四番地宅地二二四・〇六平方メートル(以下本件土地という)については右深川清名義の登記がなされていたが、昭和五一年五月四日右清が死亡し、同会の後任代表者として原告が就任した。

2  そこで原告は、右清の相続人である深川安子、伊藤美奈子、深川仁を相手方として登記名義人表示変更登記手続請求の訴訟を岐阜地方裁判所に提起し(同裁判所昭和五一年(ワ)第三四四号事件)、同裁判所において、同年一〇月一二日「右深川安子らは原告に対し本件土地について登記名義人の表示の変更を原因とする登記名義人の表示の変更登記手続をせよ」とする判決が言渡され、右判決は確定した。

3  原告は、同年一一月二二日、被告に対して右判決に基づき請求の趣旨記載の登記名義人表示変更登記の申請(以下本件登記申請という)をなした。

4  これに対し、被告は、同年一二月二三日人格を異にする者への登記名義人表示変更登記は認められないことを理由に不動産登記法第四九条第二号に該当するとして請求の趣旨記載の申請却下決定(以下本件却下決定という)をなした。

5  しかし本件却下決定には左の違法がある。

(一) 本件却下決定が人格を異にする者への登記名義人表示変更登記が認められないとしたことには成文法の根拠がない。人格なき団体の代表者の更迭の場合には、実体上何ら権利変動がないから登記名義人表示の変更登記によるのが妥当である。

(二) 原告の本件登記申請は、前記1(二)記載の判決による登記申請であり、当然無効の判決というものがあるはずはないから、登記官が判決を無効視して登記申請を却下したことは違法である。

6  よつて被告の本件却下決定は違法な決定であるから、原告は右決定の取消を求めるものである。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3については、原告主張の日に原告主張の事実を記載した判決謄本を添付して本件登記申請がなされたことは認める。

2  請求原因4の事実は認める。

3  請求原因5は争う。

三  被告の主張

1  所有権登記名義人表示変更登記とは、登記されている所有者の住所や氏名について自然人の場合は改名、住所移転など、法人の場合は名称変更、事務所移転などによつて変更が生じたときに登記簿の記載を実際の表示と一致させるためになす登記である。したがつて権利の主体に変更があつた場合には権利移転の登記をなすことが必要である。

2  人格のない団体の代表者の更迭の場合も登記上その者の名義とすることの受任者、すなわち登記名義人となる主体が変更したのであるから、登記名義人表示変更の登記によることは適当ではない。

登記実務においては権利能力なき社団の代表者が交替した場合には「委任の終了」を登記原因として新旧代表者の共同申請による移転登記をなすべきであるとするのが基本的な考え方であり、判例も実務の取扱いを肯認している。

3  本件は、人格を異にする者への登記名義人表示変更登記申請であつて、申請がその趣旨自体において登記法上の要請として許されない場合であるから不動産登記法四九条二号の「事件カ登記スヘキモノニ非サルトキ」に該当する。したがつて本件申請を却下した処分は適法である。

理由

一  原告、被告間で、請求原因1ないし3記載の事実に基づく本件登記申請がなされ、これに対して請求原因4記載の理由による本件却下決定がなされたことについては当事者間に争いがない。問題は右却下決定の適法性である。

二  まず原告は本件登記申請は、不動産登記法二七条にいう判決による申請であるから、権利能力なき団体の代表者に変更があり登記名義人の表示を変更するのに所有権移転登記によらねばならないか変更登記でも足りるかという議論に立ち入るまでもなく、いやしくも判決が変更登記手続を命じている以上、登記官がその判決を無効視して登記手続却下の決定をなすことは違法であると主張する。なる程「裁判に無効なし」というのが原則であることは一般に言われるとおりである。しかし不動産登記法二七条の規定する判決による登記というのは、一般に登記の申請には登記権利者と登記義務者のいわゆる共同申請が必要であるところ、登記義務者が任意に登記権利者に協力しない場合に、登記義務者には登記を申請すべき実体法上の義務があることを判決によつて明らかにして該判決をもつて登記権利者が単独で登記申請をしうることを認めたものである。されば、この場合の「判決」は、当事者が現実になすべきところの登記申請という意思の陳述に代わるものにほかならず、同判決の確定によつて登記義務者が登記申請の意思表示をなしたとみなされるというのが判決の効力である。もとより、この場合判決が登記申請手続を命じた名宛人はあくまでも登記義務者であつて、登記官ではない。従つて登記官としては不動産登記法二七条に基づく判決による登記申請の場合共同申請があつたときと同様に取扱えば足り、当然には共同申請の場合に有していた審査権限を失うものではないと解せられる。

三  そこで進んで、本件は団体の代表者が交替したのみで本件土地の権利帰属関係には何ら変動はないのであるから所有権登記名義人表示変更登記が認められるべき場合であるとの原告の主張を検討する。

たしかに権利能力のない社団の不動産はたとえ登記簿上代表者個人の名義になつていても代表者個人の所有物ではないのであるから代表者が交替しても権利の帰属自体が変動するものではない。

そこでこうした観点からすると当然代表者が変更した場合には登記名義人の表示変更ないし更正によることが許されてもよいように見える。しかし、それは権利能力なき社団の登記能力即ち社団名義の登記又は少なくとも社団の代表者であることの肩書を付した代表者個人の登記が許された場合に始めていえることであつて、現行登記実務はいまだかかる登記を認めるに至つていない。されば本件土地についても従来前代表者深川清個人の名義で登記されていること原告の主張するとおりである。いつたい権利能力のない社団の財産は全構成員に総有的に帰属しているのであるから、実体関係を登記簿に正確に反映させようとすれば構成員全員の名を列挙するのがむしろ本筋なのであるが、繁にたえず不可能に近いので、本件のように代表者個人の名義で所有権の登記をすることが通常行なわれているのである。その場合その代表者は構成員全員の委任にもとづき、或いは構成員全員のため信託的に個人所有とすることを認められた結果、自己の名義をもつて登記する資格を得たものと解せられ、したがつて代表者更迭の場合は委任の終了した場合として、或いは信託法の信託における受託者の更迭の場合に準じ、旧代表者(死亡の場合はその相続人)と新代表者の共同申請による所有権移転登記手続によるのが相当である。

したがつて権利能力なき団体の代表者の交替は実体上その団体の資産の帰属に変動がなくても、登記上はやはり人格を異にする者への所有権登記名義の変更であつて、いわゆる所有権登記名義人表示変更登記によつてまかなうことができる場合には該当しないといわなくてはならない。

四  よつて本件却下決定には違法があるとは認められず原告の請求は理由がないこととなるのでこれを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 海老澤美広 小島寿美江 長谷川誠)

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